剥落の味

誕生日が過ぎる。ずいぶん生きたなあ、と思う。大きくなったなあ、と。まるで庄野潤三の小説の出だしみたいだけれど。 林芙美子の談話を聴く。とても芯の通った、しみじみとした語り口。 例えば終戦直後の日本人について。「(洗濯のように、日本人が)大ゆ…

ぷふぃ!!

あたりまえのことだが、存在とか死について考えることは、哲学を勉強することとは次元の違うことだ。例えば存在について考えるとき、ソクラテスからデカルトを経てハイデガー、日本で言ったら永井均に至るまでの哲学史を勉強する必要があるかと言われれば、…

生活感情の裏打がない

小林秀雄の対談を読んでいるだけで、今日もまた様々なことを考えさせられる。そこには嘘や衒いがないからだ。小林の中学からの友人である文人・河上徹太郎などが素直であると同時に衒いがたっぷりという感があるのに対して、小林にはそれがない。少年がその…

ぼくが電話をかけている場所

10月に入ってもまだ残暑の感がある。昼起きて、愛器MatonEBG808TEの弦を張り替える。こいつはアコースティックギターを弾く者の多くにとって偉大なる存在である、トミー・エマニュエルの使用しているものと同型のギターモデルで、箱鳴りやレ…

美は観念にあらざるなり

西荻窪でAさんと食す。Aさんは旦那のある女子で、彩色美しい絵本を描く人で、絵本出版社につとめている。絵本出版社に入って、業界のいい面、いやな面、さまざま味わっているらしいけれど、好きなことにたずさわって仕事できることは素晴らしことですな。 …

諺に宿る普遍

二人の友人から連絡が来て、最近写真を始めました、とかデッサンの勉強を始めようと思ってます、などと言われると、こちらまで何かを新しく始めたくなる心持ちになって、実にいいなあと思った。 写真を始めた女の友人は今日も三軒茶屋から下高井戸までの世田…

猫のゆりかごに揺られる世界

ワシントンではヴォネガットの『猫のゆりかご』を読み終え、保坂和志の『季節の記憶』を読み、などしていたのだけれど、保坂和志のものは彼の佳作『プレーンソング』同様に、5分の1くらいのところで投げ出して飛ばし読んだ。保坂和志の書くものを味わえる…

ワシントン雑記

ふだん時差ぼけた生活をしているから、3時間ほどのうつらうつらの睡眠でワシントンに着いてもなんら時差を覚えないのは得なのか。ワシントンは道路がよく整備されている。ダレス空港からの車道は5車線で、道沿いに桜並木が林立していて、春にはきっと花を…

そして、ワシントン

明日はワシントンに立つ。短い旅路。 旅はいい。日本が相対化され、自分が相対化される。 何かの役割を背負って行くのは気が重いけれど、旅というのは普段考えないことを考える、いい機会なのだ。 いつかニューヨークを一人で旅したことがあった。これも短い…

Babel

何事もそうなのだが、共同作業というものにおいては、作業の関係者間で合意の形成を誤ると、どんなに忙しく立ち回っていても、結局は元の木阿弥に帰すということが往々にしてある。会議というものはすべからく合意形成のためにあるべきものなのだけれど、そ…

マサチューセッツ通り2520番地

阿川尚之『マサチューセッツ通り2520番地』を読む。慶応大学を辞めて初の民間人の公使として赴任した、在アメリカ日本国大使館での活動記録である。民間人だけあって、お役所内のしがらみに絡め取られている印象が少なく、大使館での業務がかなりの割合で実…

レニ・リーフェンシュタール

レニ・リーフェンシュタールのドキュメント映画『レニ』を鑑賞しおえる。レニという女性の、その小さな体躯のどこに秘められているのだろうかと思えるほどの、壮絶な好奇心に終始圧倒された。第二次大戦を生き、映画監督としてナチへの関与を問われ、最後ま…

光の自発、存在の過誤

昨日は深更に帰宅し、ベッドに横たわって野本かりあを聴いているうちに眠りに落ちた。電気をつけ放したせいで、ろくでもない夢をたくさん見た。そして、予定のない素の一日をいいことに、ヴォネガットの『猫のゆりかご』を読んでは寝、アルバート・アイラー…

体質の名は精神

最近、人の体質というものをよく考える。 基本的に人間関係のあれやこれやも、その場その場の行動にしても、生きていくあれやこれやも全部、その人の体質によるところが大きいんじゃなかろうか。 順接に納得しない、とかね。一般論が嫌いで、価値判断が迫ら…

日本人は生きていない

日本人は生きていない、そのように外国人は日本人を見ていると養老孟司が『運のつき』の中で語っていて、なるほどなあと思った。今日は朝にモレーニのパスタでぺペロンチーノをつくり、昨日は讃岐うどんを作り、その夜は家系ラーメンを食べ、麺ばかり食って…

多和田葉子『聖女伝説』と少女幻想

多和田葉子『聖女伝説』を読了する。読了に時間を要したのは、物語の展開が平坦でスリルに乏しいゆえなのだが、「一気に読める小説はつまらない」と語る保坂和志の言を思い出しつつ、ゆっくり品評してみる。一筋縄ではいかない小説である。 作品にはページが…

安倍さん、やめる

昨日、安倍さんが辞任を表明した。職場のテレビがずっとつけ放しにされていた。職場では最近、国会から依頼を受けた報告書を提出したばかりで、その審議も覚束ないようであるし、マスコミから報告書のからみでかかってくるはずの電話も、さすがに少なかった…

柳田国男の感受したもの

会社のドンチャン騒ぎのあとに、小林秀雄「信ずることと考えること」の講演を聴いていて、そこに柳田国男『故郷七十年』に触れている箇所があって、それは柳田氏が83歳ほどで口述筆記したものなのだけれど、そのときの思い出の場面についての言及が、強く…

泡沫の日々

週末はよく眠った。眠って、何かしら象徴的な夢を見て、好きな人が出てきたり、蛇のようなものにまとわりつかれたり、追い掛け回されたり、よくわからない内容だった。埴谷雄高を読んで、その重力に耐えられなくなってまた眠り、永井均を読んで、その洞察に…

ブログは、ジャズに似てる

最近仕事でもなんでも、あまり深く考えずに発言してしまったり、行動してしまったりすることが多々あって、それはある種の軽率であって、粗雑であって、達観でもあるわけなのだけれど、どうも医学博士の川島龍太氏の言を借りると、前頭葉を使わずにモノを考…

雑誌売り場の能動的ニヒリズム

書店の雑誌コーナーで、女性ファッション誌『ageha』が目に入ってきて、いきなり前面に「生まれつきエビちゃんじゃなくたって、私たち努力と一緒に生きていくんだ。」というデカデカとした文字とともに、たしかに努力と一緒に生きている感じの少女が厚化粧し…

おお、この偉大なる報われなさよ

仕事がいよいよ忙しくなってきているのだが、大局を見誤るとどんなに忙しさにかまけていようが、なんの意味もなく杯は覆されるのだなと、心のそこから実感した、今日という今日は。 棋士の羽生善治はこう語る。(将棋で思わぬ手をさされた場合どうするかとい…

頭の中の政略結婚

未映子の『頭の中と世界の結婚』を聴きながら。いやあ・・深まってるよ世界が。夜のしじまに溶けて流れてゆくような旋律、歌声。 これまでの100%もぎたて果実のジュースみたいな歌も好ましいのだけれど、いよいよなんだか彼女の歌になってきたというか。…

金色の雲子のしたで

友達の菊地美保(vo)のライブに浅草まで行ってきて、待ち合わせにユミちゃんとマユミちゃんはしっかり織り込み済みの遅刻をしてくれたのだけれど、浴衣姿がとても似合っているうえ綺麗だったので全然赦せた。19時くらいに浅草寺に行ったらば軒並みシャッタ…

思う、ゆえに、思いあり

永井均『西田幾多郎』を読む。数多くの洞察に満ちている本。本当にこういう本を読んでいると、川上未映子の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の中のセリフじゃないけど、あんたらは何が何をするんが人生やって思ってんねん、と思ってしまう。 おれは永井…

A small , Good thing

会社の暑気払いみたいなものがあって、サンドイッチやら菓子やらを並べて、たくさんのビールとワインを隣にそえた。暑気払いとはいえども、若手二人が外に出はってしまう、ちょっとした送別の会。 「上のかた」がいつもの決まりきった、型にはまった、予定調…

頭の中の指揮者よ、大海へ出よ

昨日はベッドの中、スミノフを傍らに置き、川上未映子の『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』を読んでるうちにいつの間にか眠ってしまい、朝起きたらば実に11時間も眠っていて、いつもの倍じゃねえかと思いつつ、のどの渇きを癒すべく残りのス…

人生は深ける、酒の入った気持ちの良い宵に

この日は前日の興奮を引きずりつつも仕事に取り掛かるのだが、身が入るのだか、入らないのだか。もう人生で大事なことって、「自分が心から好きなこと、あるいは自分が本当だと思うことを追求していく、あるいは追究していく、そんでもってそのことを通じて…

ファイア!

今日は川上未映子の『わたくし率〜』の対談(聞き手・豊崎由美)を聞きに、神保町にある三省堂・自遊時間に行ってきて、会社がそもそも神保町だから、なんだかそこに川上未映子が現れるのが不思議な感じがしたのだけれど、時間よりだいぶ前に到着して、普段…

ゴダールの『軽蔑』

ゴダールの『軽蔑』を観る。例によって全然入ってこない。びっくりするくらい入ってこない。ゴダールがヒーローだった60年代、70年代に生まれていたのなら、彼のアフォリズムに満ちた作品はやっぱり新しい何かとして衝撃をもたらしてくれたのかもしれな…