ブログは、ジャズに似てる

 最近仕事でもなんでも、あまり深く考えずに発言してしまったり、行動してしまったりすることが多々あって、それはある種の軽率であって、粗雑であって、達観でもあるわけなのだけれど、どうも医学博士の川島龍太氏の言を借りると、前頭葉を使わずにモノを考えてるということなのかもしれない、とハタと思い立った。
 つまり前頭葉のうち、右脳も左脳も働かせずに、むしろ休息した状態で物事を考えているわけで、それは例えば、こうやってブログを書いていることにもいえて、①ペンで手紙を書く、②携帯でメールを打つ、③パソコンでメールを打つ、というのを見た場合、①に比べて、②、③は前頭葉神経細胞の活動が抑制された状態、つまりリラックスした状態になっているという。だから何なのかとも思うけれども、少なくとも言葉で何がしかの表現をし、果てはそれで生計を立てている人間にとって、これは気に留めておくべきことだろう。
 前にも書いたみたいに、脳ミソが指揮者とすれば、パソコンにより作られた文章というのは、指揮者が休んでいる状態で演奏されているオーケストラのようなもので、そこには秩序のない即興性があって、音楽でいったらジャズになるのか。そう思うと、(『ダンス・ダンス・ダンス』から)パソコンで小説を書いている村上春樹などは、やはりジャズと強く固く結び付けられているのも納得させられるなあ。
まあ前頭葉をフル回転させるのが何も良いとは全然思っていなくて、むしろおれはジャズ的な精神で、これからもスポンティニアスに発言をしていくだろうし、それが事物の真理なり善なり美なりに少しでも近づいたり、諧謔として他者を幸福な笑いにつつめるようになるのが理想なのである。
 今夜は台風というわけで、首都圏の多くの列車で運転見合わせとかあるのだけれど、23時過ぎの中央本線小田急小田原線は、ともどもいつもより快適な運行で、なんだったら乗客も少なくて万々歳だった。傘はおれたのだけれども。
台風→自然災害ってわけで、吉野朔美『ぼくだけが知っている』の一節を思い出した。

「虹やカミナリは目に見えるから人気がある」と十一は言うだろう
そうしたらぼくは「地震は見えないから人気が無い」と答えるんだ

 台風は目に見えるけど、人気がないよなあ。