疾駆する闇

まだハイテクノロジーにさらされていない、いわゆる発展途上国を旅すると、
思ってもみない世界の中に没入することで、思ってもみないプリミティブな感情が生起することがある。

ラオスに行ってきた。日本との気温差は多い時で20度くらいで湿潤な気候なのだが、今は乾期でカラッとしている。雨期にはメコン川が氾濫して道路が冠水する。
ウィキペディアによれば、ラオスの道路は一つも舗装されてないなどとでまかせが書いてあるが、幹線道路でいえば、日本の援助で作った1号線、9号線、13号線(橋梁のみ)を含めほとんど全てが舗装されている。
人口も少ないこともあって渋滞はほとんどなく、高速でもないのに100km平均ビュンビュン走る。

ビエンチャン、サバナケット、パークセーと回ったのだが、どこに行っても平均的な治安がよい。
物乞いが少ない。バングラデシュのように歩いていて、追いかけ回されることがない。
左手を切り落とされた人が停車中の車のドアを叩いてくることもない。
電化率が低くて街並は全体的に暗いのだが、逆に街全体をロマンティックな雰囲気にしていて、特にビエンチャン中心部はちょっとしたお伽の国のおもむきがある。
外国人の、しかもバックパッカーがやたら多く、中心部でレストランバーにたむろっているのは皆欧米系なのであって、欧米かよと何度叫びたくなったことか。
ビエンチャン中心街はタイのカオサン通りのような感じでもあるが、それよりはずっとおとなしく、なんともいえない恩寵につつまれている。
メコン川沿いの屋台にはかわいらいしい屋台が立ち並ぶ。ぼったくりの店員はいない。タイとは全然違う。

ラオスの地方都市、パークセーは、カンボジアの国境に位置するラオス第2とも第3とも呼ばれる都市だ。
その日は仕事もオフで、車を借り上げてボラウェン高原から南下しカンボジア国境まで行ったのだが、そこまでの200kmの区間1本路である国道13号線には街灯がついていない。
帰りの夜道はハイビームとロービームを駆使しつつ前方の車のテールランプだけをたよりにして走行する。
カンボジアの国境を夕陽を尻目に起ち、宿にアクセル全開でUターンする。
あたりを漆黒が覆い始める。静かだ。ランドクルーザーの走行はどっしりと安定している。
ハイビームが前方に広がる深い闇を淡く照らし出す。まるで深海に沈む船を照らす探照灯のように。
信じられないスピードで、信号も街灯も標識もない両側を密林に囲まれた1本路を疾駆する。
ホタルの光のような明かりがところどころに点灯している。
不思議な感覚ーー闇を切り裂く光の中心点が眼前に明滅しては通り過ぎ、まるで埴谷が夢見た暗黒星雲を飛び越える黒馬のように次元を超えるのではないか、と思えてきたところで、街灯がようやくぽつぽつと現れ始め、ある神秘の感覚はどこかへと霧消した。

原始の闇から出でにし、闇の子孫。